診療科目 歯科 矯正歯科 小児歯科 口腔外科 TEL 03 (3223) 4182(良い歯に) 
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 北海道連続登山紀行 Part 2.大雪山・旭岳〜トムラウシ〜十勝岳

 大学の部員3名で日高山脈の幌尻岳に登頂したのち、さらに大学のサークル部員約10名と旭川駅で合流しました。  旭川市内で食料を買い出ししたのち、勇駒別から大雪山の北海道最高峰・旭岳、トムラウシを経て十勝岳に至る北海道の中央部を縦走しました。  天候に恵まれ、雄大な景色を毎日堪能できました。  それから北の離島の利尻岳にも足を伸ばしました。
 青文字の文章は、大学のサークル機関紙より、氏名を頭文字をイニシャルにする等、一部改変して引用。

-大雪山・旭岳-
 大雪山は本来、現在「表大雪」と呼ばれている、お鉢平を中心としたエリアを指す呼称であり、「大雪山系」がそのように使われることもある。  狭義の大雪山は、以下の山などから成る石狩川と忠別川の上流部に挟まれた山塊をさし、最高峰は旭岳(2,291m)である 。

7/26--8/15 ( 21日間-Part.1) 北海道(日高幌尻岳、野付崎) から続く

8月 3日(火) 曇時々晴、夕方豪雨
 無人駅の待合室で一夜を明かし、鉄道を乗り継いで、大雪山登山隊のメンバーと旭川駅で合流しました。街中のスーパーで食糧などを買出ししてからバスに乗り登山口のキャンプ場に行ってテントを張り、泊まりました。

 いよいよ行動開始である。 旭川は実にきれいな街で、公園のある整った街並みの遠景に山が連なる。  ここで買い出しをし、(多分に旅行ボケの気があって、忘れたものもあったが)真直な、本当に真直な道を勇駒別に向かった。
 途中、雲行きが怪しくなってきたようだが、筆者は乗り物という乗り物でちょっとずつでも眠るという特技を発揮したようで、定かではない。  幕場はきれいな所で水場も近く、ありがたかった。 この日は早速、北海道の味覚、とうきびを食べ、眠りについた。


 起床 04:40、神楽丘駅 05:21-(JNR/各停 621D)-07:06 富良野 07:18-(JNR/各停 4434D)-09:00 滝川 09:03-(JNR/各駅?)-09:57 旭川 ( 10:00 集合、買出 10:15-11:35…11:40 ) 16:05-(旭川電気軌道/バス)-17:30 勇駒別…勇駒別 キャンプ場、就寝 21:40

8月 4日(水) 晴のち霧、のち晴
 キャンプ場そばのロープウェイ乗り場からロープウェイに乗って、高度を稼ぎました。そのおかげで、2時間弱の登山で北海道最高峰の旭岳頂上に到着。それからはなだらかな稜線をのんびりと歩きました。午後2時前には目的地に到着、小屋の脇にテントを張って泊まりました。

 4時起床。 6時35分出発。 7時にロ−プウェイ乗り場に着く。 荷物を計る数字は冷酷。 故に体重など計る気はしない。  まぁそれはどうでもよいことで、ロ−プウェイを二本乗り継いで姿見の池に着く。
 この頃は晴れていて、旭岳もきれいに見え、道中のお花に心をときめかせたのであったが、一本入れた9時過ぎ、ガスが登ってきた。  道はなかなかの急登でザレザレである。 ピ−クに着くと辺り一面真白。 風が強く寒かった。
 北海岳、この日の幕場の白雲岳避難小屋と、この天気は続いた。  白雲岳避難小屋は“三匹の子豚”の末子の家のような頑強な造り。
 幕場としても岩肌の白さと緑、そして千々に咲き乱れる花々の織りなす美しさは大したものだと思ったが、それを味わうには如何せん寒かった。


 起床 04:00、勇駒別 キャンプ場 06:35…(徒歩 15分)…06:50 勇駒別 07:00-(大雪山旭岳ロ-プウェイ)-07:10 天女ヶ原 07:17-(ロープウェイ)-07:22 姿見ノ池 07:33…(徒歩 40分)…08:13(休憩)08:25…(徒歩 47分)…09:12(休憩)09:25…(徒歩 20分)…09:45 旭岳 10:35…(徒歩 40分)…11:15 間宮岳 11:35…(徒歩 40分)…12:15 北海岳 12:30…(徒歩 40分)…13:10 白雲分岐 13:30…(徒歩 15分)…13:45 白雲 キャンプ場、就寝 19:40
本日の歩行時間計 4時間17分

- トムラウシ -
 トムラウシ山(とむらうしやま)は大雪山のピークの一つの山で、標高2,141m。  トムラウシはアイヌ語で「花の多いところ」を意味するとも、「水垢が多いところ」の意だともいわれる。  30〜10万年前に活動した火山で、山頂に溶岩ドームがある。  火山であり、山頂には噴火口もあるが、現在は活動は完全に停止している。  噴火口は一部が崩れていてU字型になっており、初夏には火口の底に小さな湖ができる。  山の周囲には標高の高い岩場が広がっており、高山植物が多数生息するとともにナキウサギの生息地になっている。

8月 5日(木) 晴
 ほとんど高低差のない高原上のルートを歩く。好天に恵まれ眺めも良い。そのため一日で8時間近く歩いたにもかかわらず、大して疲れなかった。

 4時半出発。 風は強かったが、展望はよく気持ちがいい。  北海道の道は山においても真直で、二本目で行った平ヶ岳から旭岳は、はるかに遠かった。  平ヶ岳までの道のりの高根ヶ原以東は熊がでるという立て札あり。  確かに生息している跡が見られ、かなりのスリルを味わった。
 しかし平ヶ岳を過ぎると心は軽くなり、北海道ならではの道なりを楽しんだ。  忠別岳は一面切りたった山だが、表情は優しく、シマリスが顔をのぞかせた。
 化雲岳には分岐で荷物を置いてピストン。 前日とはうって変わったようなお天気で、身も心も軽かった。 天沼、日本庭園の辺りも又別の魅力を見せてくれた。
 そこまでの道で神々が走り、弾みをつけて天に駆け登っていたとしたら、ここでは神々は、息を潜めて秘密をう打ち明けあったり、そうでなくてもくすくす笑って鬼ごっこする所であった。
 (極端に主観に走っていて、わかっていただけただろうか、心配である。)  要するに静かな神々しさが漂っていたのである。そして遥かな山、トムラウシへ。実に堂々とした山容である。  しかし全体的に疲労し、途中たっぷり休んだこともあって、ピ−クに着いたのは4時を回っていた。
 −やった!登り着いた!− 大きく息をつく私達の前には、翌日その麓まで行く予定のオプタテシケがあまりといえばあまりにも大きかった。  −更に翌日のコ−スタイムはトムラウシをこの日のうちに越えたにもかかわらず、なお十時間を越すのである。  途中幕場もない− とにかく、ここの幕場は水はきれいだし、緑の美しい所だ。ゆっくり休んで明日は又頑張ろう。


 起床 02:15、白雲 キャンプ場 04:30…(徒歩 55分)…05:25(休憩)05:40…(徒歩 45分)…06:25(休憩)06:40…(徒歩 55分)…07:35 忠別岳 08:10…(徒歩 45分)…08:55(休憩)09:15…(徒歩 30分)…09:45 五色岳 10:55…(徒歩 60分)…11:55 化雲分岐(…(徒歩 5分)…12:00 化雲岳 12:15…(徒歩 5分)…12:20)12:25…(徒歩 45分)…13:10 天沼 13:45…(徒歩 55分)…14:40(休憩)15:15…(徒歩 40分)…15:55(休憩)16:27…(徒歩 3分)…16:30 トムラウシ 17:20…(徒歩 20分)…17:40 トムラウシ キャンプ場、就寝?
本日の歩行時間計 7時間43分

8月 6日(金) 晴
 今日も昨日と同様に好天に恵まれ、高原上のなだらかな道を快適に歩く。さらに歩行時間も短いので、かなりののんびりムードだった。

 5時50分出発。 行く手に不安を覚えながらも、みんな元気に出発。 黄金ヶ原までの道が又、実に快適だった。  天気はよく一面のお花畑、“星の王子様”のあの狐が出てくるのではないかと思われる風情であった。  ここまでのコ−スタイムが、既に半分以下におさえられていることから、かなり精神的なゆとりが生まれたと思う。
 多少きつめの上げがあって、ツリガネ山を越えコスヌマプリへ。展望がいい。
 ここから一本行った所に、昼寝に適した見晴らしのいい岩場があった。  ここで休むこと二時間。  私は、他の人が「行こう」と言うのに対してFさんが「イヤだ。」と言ってへばりついて嬉しそうにした表情を忘れることができない。  それは他の人をして思わず苦笑いさせ、全てを許容させうる不思議な笑顔だ。  山が好きな人は往々にして、少年の心を失っていないが、Fさんはそういう一人なんだなあとつくづく思った。
 次の一本でこの日の幕場、双子池に着くのだが、又々ここの幕場が素晴らしかった。  北海道で初めて見た高山植物は沢山あったが、ここでのイワイチョウという白い清楚な花の美しさが忘れられない。
 紫にたなびく夕焼け雲が橙に燃えて、浮かんできた月が、満点の星空が、上質の絨毯のような雲海が、目に焼きついて離れない。  日課となった爆竹と共に、この日は花火をした。予定の2/5程の時間で、皆無事に来られた。
 しみじみとしたよい一日だった。 だから、お味噌のない石狩鍋だっておいしかった。・・・!?


 起床 03:40、トムラウシ キャンプ場 05:50…(徒歩 50分)…06:40 三川台 06:55…(徒歩 55分)…07:50 ツリガネ 08:08…(徒歩 45分)…08:53(休憩)09:17…(徒歩 25分)…09:42 コスマヌプリ 10:50…(徒歩 40分)…11:30(休憩)13:25…(徒歩 25分)…13:50 双子沼 キャンプ場、就寝 21:30
本日の歩行時間計 4時間00分

8月 7日(土) 晴、夕方霧
 今日も昨日と同様にますます好天に恵まれ、高原上のなだらかな道を快適に歩く。さらにさらに歩行時間も短いので、休憩時間を繰り返す。  しかし夕方から曇りがちになり青空はなくなるが、降雨はない。 宿泊はテントではなく小屋である。

   前日のコ−スタイムによる心のゆとりからか、出発は6時45分。  オプタテシケの登りの亀坂では、かなりの暑さとなる。
 天気がよく、ピ−クでは今までの行程とこれからの行程が見渡せた。  山行中で一番の展望であり大パノラマであった。  みんなの肩を「いいね、凄いね。」と言って叩いて廻ってから、ボケ−っとしていたい気分。  これぞ山の醍醐味。
 大雪、十勝の山々から石狩の山まで。悠久とか壮大とか、そんな言葉を鼻から笑い飛ばしてしまうような、不思議な眺望であった。
 オプタテシケでナキウサギやシマリスを見たり、ピ−クに翻る旗を写したりしてベベツ岳を越え、美瑛富士避難小屋へ。
 着いた頃にはガスがかかってきており、水場を探すのに苦労をした。


 起床 04:00、双子沼 キャンプ場 06:45…(徒歩 50分)…07:35(休憩)07:55…(徒歩 40分)…08:35 オプタテシケ 10:18…(徒歩 9分)…10:27(休憩)10:57…(徒歩 43分)…11:40(休憩)12:05…(徒歩 25分)…12:30 美瑛避難小屋、就寝 21:00
本日の歩行時間計 2時間47分

- 噴煙を上げる十勝岳 -
 十勝岳(とかちだけ)は、北海道の中央部にある、標高2,077mの活火山。  北東のオプタテシケ山(2,012m)、美瑛岳(2,052m)、南西の上ホロカメットク山(1,920m)、富良野岳(1,912m)へと続く十勝岳連峰(十勝火山群)の主峰である。

8月 8日(日) 曇
 今日は昨日までと変わって曇りがちで、展望はあまり良くない。降雨がないだけまだましか。ひたすらスケジュールをこなす感覚で、十勝岳を踏破する。  今日も小屋泊まり、午後2時前には着いたので、のんびり過ごす。

 今にもガスってきそうな天気である。 美瑛では残念ながら展望なし。
 十勝がきれいなはずなのだが。鋸岳辺りから砂礫地帯となり、これまでと全く様相を異にする風景が続く。  日本離れしていて、星の王子様に出てくる砂漠のよう、あるいはチベットの山脈のように感じた。
 十勝岳への道の脇に、理大、明大などの文字が大きく書かれてあった。  ここで一行は当然の如く「早大」の文字を書くために止まった。  ピ−クからその写真を撮るためガスが切れるのを小一時間近くもねばって待ったが、今一つ。「消していこう」との指令に従ったつもりが、ピ−クから見てみると何故かより鮮明になっていた。  山中で他の早大のパ−ティ−に会ったけれど、見てくれたかな。
 十勝のピ−クは、やたらと虫が多くて魅力が台無しである。  軽装の登山者が多く、気軽に来て、食べ散らかしていくのだろうか、ふと山行の終わりが近いのを感じた。
 幕場まではわずか三十分程。
 この上ホロカメットクの避難小屋が立派で、皆を驚嘆させた。  この日はこの避難小屋に泊まることにする。  キタキツネの訪問もあり、皆を喜ばせたが、あまりに人慣れしていることから、すぐに人気を失った。

 その夜、皆で稜線に出て歌を歌っていると、「ドスン」という足音。  目ざとく(?)聞きつけた加藤君の話では、人のものとは思われないとのこと。静まり返る中、キタキツネらしき悲鳴。  昼間のキタキツネの出現を思うと背筋に冷たいものが走り、とるものもとりあえず(本当は全部持って)小屋へ。  これで、間接的にはヒグマに会ったということになったが、しばらく忘れていた恐怖がよみがえり、どっしりとした造りの小屋の中、しかも二階にいることが、つくづく嬉しく思えた。


 起床 03:30、美瑛避難小屋 06:55…(徒歩 20分)…07:15(水場)07:25…(徒歩 45分)…08:10 美瑛分岐(08:15…(徒歩 15分)…08:30 美瑛岳 08:50…(徒歩 10分)…09:00)09:05…(徒歩 30分)…09:35(休憩)09:55…(徒歩 35分)…10:30(休憩)10:40…(徒歩 10分)…10:50 十勝岳 13:20…(徒歩 30分)…13:50 上ホロカメットク小屋、就寝 22:30
本日の歩行時間計 3時間15分

8月 9日(月) 霧のち晴
 展望のない中、ひたすら下って終着地の十勝岳温泉に着く。  入浴して一服した頃になって初めて天候が回復し、十勝岳の全貌が見えるのが悔しかった。

 いよいよ下山。 お、お風呂に入れるという喜びで、一本で十勝岳温泉に着く。  入れたのはいいが、おかしな造りで、ちょっとしたハプニングもあった。
 タクシ−で上富良野まで出てから富良野へ。  ここで“北の国から”の放映に使われたという“エルパセオ”という喫茶店で全員パフェを注文。  甘党の私は、しみじみ幸せをかみしめた。単純な人は幸いである。と聖書にもあるように。  (冗談です。神様ご免なさい。でも、こういうことは往々にしてあると思いませんか?)
 それから札幌に向かった。北大キャンパスを散歩してコインランドリ−へ。  北大の見事さは、思わず再受験が頭をかすめる程だった。  広さ、美しさ、緑の多さ、あれぞ大学キャンパスの名に恥じないものではなかろうか。
 この日は、大雪・十勝縦走の打ち上げとしてジンギスカンの食べ放題へ。  二年生の男の子達は、もうお店に入れてもらえないのではと思わせる食べっぷりだった。  先輩方ごちそうさまでした。
 その夜は夜行で稚内へ。  そういえばMさんのB型を私が確信したのも、この車中 だった・・・。


 起床 04:30、上ホロ小屋 07:30…(徒歩 90分)…09:00 十勝岳温泉 (稜雲閣・入浴 09:40-10:30) 11:00-(上富良野町営/バス)-11:25 上富良野 11:48-(JNR/各停 627D)-12:05 富良野 12:46-(JNR/各停)-14:08 滝川 14:20-(JNR/特急 ライラック10号)-15:23 札幌(16:25…17:05 コインランドリ-18:40…19:05 松尾ジンギスカン 20:40…20:50) 21:25-(JNR/急行 利尻 317 車中泊 )-
本日の歩行時間計 1時間30分

7/26--8/15 ( 21日間-Part.3) 北海道 (利尻岳) に続く

1.北海道へ
 東京から札幌まで汽車と連絡船を乗りついで一昼夜、そこから大雪の登山口まで半日。  しかし、もの珍しさも手伝ってか、この長いアプロ−チもさほど退屈しなかった。
 車窓からの風景のほとんどが畑と牧場。  北海道も思いのほか開けていた。  朝霧の漂う大沼の荒地が印象に残ったくらいか。  私たちが北海道に対して持っている未開地のイメ−ジに沿うような風景に接したければ、やはり自然の奥へ入りこまねばならぬようだ。

2.大雪山から十勝岳へ
 森林限界上の砂磔帯のなだらかな稜線が続く。  ところどころにお花畑と池塘。  その彼方には王冠型のトムラウシ山。
 『この先、熊出没。注意』のカンバン。  深いハイマツ帯に入るたびSLが恐怖にかられて走るので、他のメンバ−一同迷惑した。
 休憩しているとエゾシマリスが、ビスケットのかけらを拾いにくる。  霧がかかると岩蔭からナキウサギが「リンリンリン」と鳴いた。

3.熊
 登山口で「熊よけの鈴はあるのか。」とリ−ダ−に聞いたら「ある。」と答えたので安心した−のがまずかった。  あるにはあったが、キ−ホルダ−付のチリチリ鳴る小さなやつだったのが、山に入ってから判明した。  他のパ−ティは大きな鈴やカンカラを鳴らしていた。  なお、熊に関する知識は、知床を歩いて漁師から話を聞いたSに尋ねるといいだろう。

4.ぱ−てぃ
 総勢8名。 二年生諸君三名がボッカ隊を。女性二人とMが食当を、FがBGMを、そして筆者が昼寝を担当した。  ともかく大まかなChief Leader F、繊細さとナイ−ブな感覚が売りもの のSub Leader M、そして気分次第でいいかげんになったり妙に緻密になったりする筆者、  このambivalentな指向性の三名に引きずられたパ−ティは、Fの行動の予測と天気予報との中間ぐらいの確実性をもって行動していた。  汽車に乗るとなぜか互いを避けあって別々のボックスにバラバラに座るほか、ごく平凡なパ−ティだった(と思う。)

5.めんば−
 K君−オプタテシケ山麓の夕食で飯を四合食べて三合の沢田に勝った。 (沢田は加藤を尊敬した。 この夕食では結局八人で14合も食べてしまった。)  彼と一緒に山に登れば、自衛隊の話と彼の奇行の幾つかを聞くことができるだろう。
 Mさん−今回の山行でもっとも印象に残ったのは、ペシ岬(利尻島)でパ−ティからの脱走を考えながら、一人沈む夕陽を眺めたことだそうだ。  このオバサン、相変らず根が暗いのだ。  もっとも、なぜか以前に比べて人柄が丸くなってきた。  (今回の山行で混浴の温泉が大好きになったそうです。今度一緒に行ってやってください。)
 Oさん−これだけ無垢に笑う人も珍しい。  ともかくpureな性格の人なのだ。  (もっとも「無垢」とは結局「社会的無知」と同義語なのだが。しかし、最も巧みな生き方かもしれない。)  斜に構えた人間の集団岳文会には、所詮無縁な人だった。  (もっとも、岳文会ほど、単純な人間の集りも珍しいかもしれないが。)
 K君−印象に残ったことは別にないそうだ。  上ホロカメットクのカ−ルでキタキツネが食物をねだりに来た。  このキツネ、手うつしでは食べたが、Kの口うつしにはさすがに恐縮していた。
 S君−今どき珍しい性格と容貌の人間であることに間違いないという点で、異論はないと思う。  北海道での彼にまつわるエピソ−ドを聞きたい向きもあろうが、残念ながら特に語ることはない。  彼の知床、サロベツ放浪の話は「やまなみ」No.4 P17〜30参照のこと。
(その他のメンバ−省略)

 6.街−札幌
 生活都市。 大通り公園、時計台、開拓使庁、植物園、北大キャンパス以外見るものはない。  二時間もあれば歩いて全部回れる。  物価は東京並み。  本屋は小さいし少ない。
 第一次打ち上げは一人前三千円飲み放だい食い放だいのジンギスカンだった。  注文を追加する度に店の主人はあきれ顔をした。  八人で肉皿20皿、ビ−ル30本、ジュ−ス16本も飲み食いしたのだから。
 ちなみに、北海道を去る前の第二次打ち上げは、Oさんのリクエストでホテルサンフラワ−の一人前三千六百円、これも飲み放だい、食い放だいのヴァイキングだった。  皆な間食をしていたため、元をとれずに損をした。  ジャガイモはなかなかうまかった。  タラバガニは、はじめにテ−ブルに置かれたものだけで食い放だいという訳ではなかった。 だまされた。
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